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前橋地方裁判所 昭和44年(行ウ)2号 判決 1974年4月30日

群馬県高崎市下中居町四八〇の二

原告 加藤秀夫

<ほか一九名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 内藤功

右同 加藤雅友

右同 新井章

右同 雪入益見

右同 鷲野忠雄

東京都千代田区丸の内一丁目六番五号

被告 日本国有鉄道

右代表者総裁 藤井松太郎

右訴訟代理人弁護士 環昌一

右同 西迪雄

右指定代理人 堀部玉夫

<ほか九名>

右当事者間の昭和四四年(行ウ)第二号訓告処分無効確認等請求事件について当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告鳥羽、同戸塚、同宮下および同石田に対し各金一万一、八四〇円を、原告高野および同薄井に対し金一万〇、二〇〇円を、その余の原告に対し各金二、〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

原告らは昭和四三年一〇月当時、被告日本国有鉄道の高崎鉄道管理局に属する職員で、原告加藤、同鳥羽、同須藤、同戸塚、同高野、同友松は新前橋電車区に、原告小山、同宮下、同松原、同小林は高崎第二機関区に、原告臼井、同新井、同石川は宇都宮運転所に、原告尾花、同菅野は小山電車区に、原告石田は桐生機関区に、原告今井、同関口は横川電車区に、原告薄井は宇都宮運転所黒磯支所に、原告鈴木は高崎第一機関区にそれぞれ電車運転士か電気機関士又は機関士兼気動車運転士として勤務していたものであり、かつまた国鉄動力車労働組合の組合員として同組合高崎地方本部に属していたものである。

2  被告のなした処分の存在

被告はその総裁を通じて昭和四三年一〇月一九日、原告らに対しそれぞれ「昭和四三年九月国鉄動力車労働組合が実施した所謂合理化反対闘争に際し、列車を運転中正当な理由なくみだりに列車を停止させたことは真に遺憾である。よって今後かかることのないよう充分訓告する。」旨の文書による訓告処分(以下本件処分という)を行なった。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因事実1項の事実については当事者間に争いがない。

二  ATSについて

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1  ATS装置(Automatic Train Stop-er)にはA形・B形・C形の三種類が存在し、本件関係地区に用いられているものはS形である。

2  S形のATS装置は地上装置と車上装置とから成り立っているが、地上装置は地上信号機に関連して指令を発する地上子が信号機の一定距離(警報を受けてから非常ブレーキにより停止するに必要な距離プラス余裕距離)手前に設置されており(これをロングの地上子と言い、信号機直下に別に設置される直下地上子と区別される)、車上装置は地上子が発する「信号機が停止信号である」という情報を受けるための車上子、これを分折する受信器、警報を発する警報機構(赤色灯・ベル)、警報に対して乗務員がその意志によりブレーキ手配を行った後装置を平常状態に復するための確認機構、更に乗務員が何らかの条件により、その意思に基づき、ブレーキ手配及び確認扱いを行わなかった場合一定時間(五秒)後自動的に列車を急停止させるためのブレーキ機構からなっている。

3  作動の原理

地上の信号機が停止信号であるという情報を車上に伝達する方法は電磁誘導作用(感応作用)を応用した電気的結合によるもので受信器内の発振増幅器から常時一〇五KHZ(キロヘルツ)の電気的振動が発せられており、一方停止信号を現示している信号機に従属する地上子は一三〇KHZの共振回路となっており、この上を一〇五KHZを発振している車上子が通過すると、地上子との電気的結合の条件が変化して車上子回路も一三〇KHZを発振するようになり、これを受信機が分折して警報機構を作動させ或は自動的にブレーキ機構を作動させるものである。

(イ)  地上子のない所を走行しているとき、

車上子回路の発振周波数は一〇五KHZで変化しないので、この電気的振動は受信器内の濾波器を通過し、主リレー・反応リレー・時素リレー等を作動させ白色灯が点灯して装置が正常であることを表示する。

(ロ)  信号機が停止信号でない地上子を通過するとき

地上子は信号機から指令が発せられていないので前記(イ)の場合と同様の状態を維持する。

(ハ)  信号機が停止信号である地上子を通過するとき、停止信号を現示している信号機の指令により、地上子は一三〇KHZの共振回路構成しているので、車上子回路の共振条件が変化し車上子回路も一三〇KHZの周波数に変化するが濾波器の特性により一三〇KHZの電気振動は濾波器を通過できないので主リレーは動作電源を失い、その連動により反応リレーの作用により白色灯消灯・赤色灯点灯・ベルが鳴動し、又この時時素リレーも動作電源を断たれるが、その特性により五秒間動作状態を維持する。

(ニ)  確認扱い

乗務員が警報を受けた場合五秒以内にブレーキ弁ハンドルを直通ブレーキ帯三〇度以上(自動ブレーキにあっては「重なり」「常用ブレーキ」「非常ブレーキ」のいずれかの位置)に移して確認ボタンを押す(これを確認扱いという)と、確認リレーが作動してこれに伴ない主リレー・反応リレー・時素リレーが作動するので警報は止み、白色灯が点灯して、装置は(イ)の平常状態に復する。

(ホ)  確認扱いをしない場合

警報が発せられて前記(ニ)の確認扱いを行わず五秒経過すると時素リレーは作動を失い、その連動により非常ブレーキが作動し非常ブレーキが作用するとともに、力行指令回路も遮断されるので、力行中(牽引動力を発揮していること)でもその動力は断たれる。

(ヘ)  復帰扱い

前記(ホ)により自動的に非常ブレーキが作用し、その必要がなくなった場合、ブレーキ弁ハンドルを「非常ブレーキ位置」において復帰スイッチを引くと確認リレーが作動して(イ)と同様な正常状態に復帰する。

三  ≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

原告らが列車の運転に際し、ATSの取扱について、停車場に停車すべき列車が所定停車場へ進入する場合には、停止信号を現示する出発信号機に対するロングの地上子の箇所でATSの警報が鳴動した場合でも、他に特段の事情のない限り、確認ボタンを押したうえ停止することなく進行し、所定の停車位置で停車するよう担当上司より運行に関する業務上の指示として伝達指導を受けており、通常は右指示通りに列車を運転していた。

四  原告らが原告らの属する国鉄動力車労働組合の指令に基ずき事実欄記載被告主張(一)のとおり、被告主張の日時に停車場に停車する列車を運転して所定停車場に進入するに際し、停止信号を現示する出発信号機に対するロングの地上子を列車の先頭が通過し、ATSの警報を受けると直ちに列車停車の操作を行ない、所定停車場の停車位置より各自約五〇メートルないし数百メートル手前の場所に列車を一旦停車させた後あらためて発車し、所定停車場の停車位置まで進行して列車を停車させた事実については当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告らが列車をATSの警報の鳴動により停車させた際においては、その進路上には列車を停車せしむべき格別の危険ないし障害はなく、通常であれば(つまり後記のような組合の指令がなければ)停車することなく所定停車場の停車位置まで進行したであろう情況であったことが認められる。

五  右原告らの列車停車行為に対し、被告はその総裁を通じて昭和四三年一〇月一九日(但し原告松原については同年一一月二九日)原告らに対し、原告らの右行為は国鉄動力車労働組合と被告との懲戒の基準に関する協約第一条第一号第三号および第一七号の各事実に該当するとして同協約第三条により、請求原因事実第2項記載の本件処分をなしたことは当事者間に争いがない。

六  次に原告ら代理人は右本件処分は違法なものである旨主張するので次に判断する。

1  原告ら代理人は原告らが受けていた上司の指示、つまり、停車場に停車すべき列車が所定停車場に進入する際出発信号機(停車場から出発する際に前面にあって出発の可否を示すための信号機)に対するロング地上子(信号機から何百メートルか手前にある地上子、ロングとは信号機の直下にある直下地上子と区別するための形容である)を通過して、ATSの警報が鳴動した場合、特段の事情のない限り停車せずに確認ボタンを押すことにより自動的非常制動装置を解除して所定停車場まで進行せよとの指示は、被告の主張の諸規程標準などからは法的に根拠ずけることはできず、右指示は適法な根拠を欠き、安全第一を旨とするATS装置の本来の趣旨に反するから右指示に従わずに停車した原告らの本件行為は正当であり、これに対してなされた本件処分は違法であると主張するが≪証拠省略≫を総合すれば右指示が合法かつ正当適切であることが認められ、原告らの主張は失当である。

2  原告ら代理人は原告らの本件行為は原告らの属する国鉄動力車労働組合のいわゆる「五万人合理化」反対闘争の団体行動(争議行為)としてなされたものであって、団体行動(争議行為)に懲戒規定は適用できず、正当な団体行動(争議行為)に懲戒手続は許されないとして縷々主張するが、原告らは日本国有鉄道の職員であって、原告らおよび国鉄動力車労働組合は公共企業体等労働関係法第一七条にいう職員及び組合に該当し、原告ら及び国鉄動力車労働組合は同条により日本国有鉄道(公共企業体)に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為(争議行為)をすることを禁止されているのであり、本件原告らの、被告の業務上の指示に反して列車を停車させた行為は同条の規定している争議行為に該当し違法な行為である。

それだけでなく原告らの本件行為は次の観点からも違法である。

つまり原告らの本件行為は、被告の職員でありながら、被告の指示に従わず独自の見解をもって勝手な運転を行なった点において単なる労務の提供の拒否を超えて被告の業務を積極的に自己の支配下に置きつつ管理したものでありこのような行為は憲法第二八条にいう団体行動をとる権利の行使として保護される余地は全く無く、かえってこれらの行為は被告の企業経営を侵害する違法な職務違反ないし業務妨害である。まして原告らは国民の生命身体をも預る輸送機関の従業員として厳格な規律の下に列車運転に従事すべきところ、原告らはこの規律を公然と集団をもって蹂躪したものであり、被告企業体従業員全体の職場倫理はこのため低下荒廃し被告企業体の実状を知る一般国民の不安は著しく増大したものと推測され、原告らの責任は真に重大であって原告らのこの種行為を遵法行動と称するが如きは利用者たる国民を欺罔し愚弄するものである。従って本件行為につき被告が原告らに対し訓告処分をもって臨んだのは真に正当というべきであって、原告らの主張は理由がない。

3  原告ら代理人は被告のなした本件処分の理由は、その挙げる非違行為の日時・場所・態様のいずれの点でも特定性を欠く不明確なものであって、かかる曖昧漠然たる理由により原告らに制裁を課することは信義誠実の原則に反すると主張するが、原告らの本件行為はその日時・場所・職務違反の態様において充分明確に特定しているから右主張は認められない。

4  原告ら代理人は、原告らは被告のいう「列車を運転中正当な理由なく、みだりに列車を停止させた」所為がなく、まして前記協約第一条の掲げる懲戒事由に該当する行為は存しないので本件処分は結局において右協約第三条に反し労働協約違反であると主張するが前記認定のとおり原告らの本件各行為は協約所定の懲戒事由に該当するのであって右主張は認められない。

5  原告ら代理人は、ATS取扱いに関する諸規程の趣旨が被告主張のごとくであっても原告らの本件行為に対し、原告らの社会的名誉を毀損するほか多大の経済的損害をもたらす本件処分をなしたことは処分権限を濫用したものであると主張するが、前記のように原告らの本件列車停車行為は決して原告らの主張するように軽微な違法行為ということができず被告の本件処分は軽きにすぎることがあっても決して重すぎることはないから原告の主張は失当である。

七  以上の認定によれば、原告の本訴請求はいずれもその余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 柳沢千昭 裁判官 山本武久)

<以下省略>

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